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第三十一夜 1998年12月1日
< サンキュー! ウォーレン & マリア >
先週私がエッセーを書いていると、ホストファーザーが、よくある事ですが、勝手に
部屋に入ってきて興味深く見つめていました。私がアメリカ生活についてのエッセーを書
いていると答えると、“それじゃ〜自分の事はもう紹介したんだね”っと、勝手に解釈し、
ニヤニヤしながら部屋を出て行きました。私はしばし呆然としてしまいましたが・・・・・・
すっかり忘れてました、これほどネタになる強烈なモノの存在を・・・・・・・。
前もってお断りしておきますが、これから私が述べる事全ては、アメリカ人についてではなく、
ウォーレンそしてマリアという私のホストファミリーについてのみであると言う事をご確認
の上お読み下さい。
まずウォーレン(ホストファーザー)から紹介します。職業はミュージシャンです・・・・・
自称ですが・・・。住み始めたばかりの頃、毎週水曜日にライブをやっているから見
に来いと誘われ、“さすがシアトルは音楽の街だな〜、噂通りだな〜”と感激し、学
校が終わるとすぐに前日描いてもらった地図を頼りに向かいました。当然私はライブハウスかバーだと
思っていたのですが、いくら探してもそれらしき所は見当たりません。約束の時間は
7時。急いで探さなければと躍起になっていろいろな人に尋ねては分からないと答え
られ、ただキョロキョロしつつまごついていました。すると7時を回った頃に、ちょっと
離れた所から錆びれたギターの音が聞こえてきました。しかしその方向は既に探した
はず・・・。疑わしくも仕方なく、もう一度確認してみようと思い行ってみると・・・
・・・・・ナント、そこは本屋でした!?
店内は当然明るく(本屋ですから)、また非常に広くのんびりとした雰囲気です。
まさかと思って中を覗いて見ると、マルマルに太った胴体を無理矢理ベルトで締めて
‘瓜’の様になった体に、ハゲ頭、アンバランスに残したチョビヒゲの下にハーモニカをくわ
え、夕暮れ時の平和な本屋の静けさを破壊するが如く、夢中でギターを弾いている明らかに場違いな、たっ
た一人のオヤジが見えました。間違いなくウォーレンです。
時間は7時を回っています。当然本屋にはお客さんは一人もおらず、たまに立ち読み
をするために来る学生がポツポツと見えたぐらいで、まして錆びれたブルースを聞きに来る人の気配
は全くありませんでした。ウォーレンの前に幾つか椅子が用意されていましたが、お
客は二人しかいません。私とマリア(ホストマザー)です。
マリアは今は警察に勤務しています。かつてNASAの研究所やボーイングに勤めた
事もあり、頭は非常にキレルのですが、もともとお嬢様育ちで、非常に明るく、いつでもハ
シャイでおり、苦労と世間を知らないで大人になったような人です。そのライブ(?)
でも一人で大騒ぎしており、私がたじろいでいると“アメリカは、シャイじゃだめよ、”と
“他人のフリ”をしていた私を励ましてくれたりなど、要らぬところでとても親切です。
このおかしな(?)ファミリーと暮らし始めて8ヶ月が経ちましたが、今だに慣れな
い事がいくつかあります。まず、このゴミだらけの家。とにかく掃除をしません。た
まに掃除のオバサンを雇って3ヶ月に一回ほど徹底的にキレイにしますが、あの
ウォーレンにかかれば半日で元どおりです。まず、ジャムやアイスクリームを持ち出
しては床に垂らしまくり、しかもスプーンごとその場に置きっぱなしにしたりなど
で、キッチン中ベタベタです。また、家中ホコリだらけですが二人とも全く気にしま
せん。たまに私がシビレを切らせてホコリだけでもと掃除するのですが・・・・・・
その後二人とも全く気がつきません。おそらく目に入っていないのでしょう。
そして、究極がコンクリートの薄暗い地下室で、ナントそこに犬を飼っています。そ
してめったに散歩に連れて行かない為に、ストレスで目がゆがんでしまい非常に可哀
相です。一度散歩に連れていってあげようと外へ出そうとすると、非常に嫌がり、す
ぐにその暗所に戻ってしまいまいた。また掃除も当然ほとんどしませんので、
そこは犬の汚物だらけになっています。地下だから行かなければいいとお思いになるかも
しれませんが、週に2回は嫌でも必ず行かなければならないのです。それは、
その不潔極まりない犬小屋に、本来清潔さの最たる象徴である‘洗濯機’があるからです。
まず、地雷(糞)防止専用靴と防臭兼防汚服そしてマスクをしっかり身に付け、いざ
戦場(実際は不洗浄)へ向かいます。そして、静かにドアを開け、犬を刺激しないよ
うにそ〜っと中に入ります。途端に前方から刺激臭が私を襲い、立ち眩みを起こしたと思うと、
後方からストレスだらけの犬が突如飛んできます。一瞬の気の緩みも許されません。
私も可哀相に思い、撫でてあげたいのはヤマヤマなのですが・・・・
如何せん・・・・汚い。仕方なく手の代わりに足でどかし、前方に地雷がないかどう
か確認し、右奥の洗濯機を目指し、犬をフェイントと蹴りで交しつつ慎重に向かいます。そして急
いで洗濯物を入れ、一目散に毒ガス地帯から脱出します。しばし階段に腰掛け呼吸を
整え、何事もなかったかのように一階に上がります。そこもジャム色に染まった家畜小屋ですが、不思議とまともに感じま
す。ホッとする一瞬ですが、しかしこれで終わりではありません。30分後にまた舞い戻り、
今度は部屋の左奥の乾燥機に洗濯物を移さなければならないからです。
上記の手順を繰り返し、右奥の洗濯機に向かいます。
そして洗濯物を籠に移し、約7メートル左に見える乾燥機に焦点を絞ります。しか
し、この時クサイからと慌ててはいけません。ちょうど部屋の中央辺りに、
幅1メートル50ほどの‘汚物の川’が流れています。その人工(犬工?)の川を、
キレイになった洗濯物を持ちジャンプしなければならないのです。
より容易にする為、よく‘目’で見て位置を確認したいのですが、
現実逃避を懇願するのは、何も私の‘鼻’だけではありません。又、しかもただの幅
跳びではありません。犬の妨害という障害物付きです。蹴りつつジャンプしなければな
らないのです。落としたら最悪です。また洗い直せば良いという問題ではありません。
しかも着地点に地雷がない事を確認しなければなりません。失敗は許されません。
最高のジャンプを試みる為、大きく息を吸い呼吸を整えたいのはヤマヤマですが、
それは自殺行為と言えるでしょう。最も緊張する一瞬です。ベロベロに酔って、いつ
邪魔するか分からないお客様の目の前で作るプースカフェ七色目と言った気分でしょ
う。いや、それ以上かな・・・・。
やっとの思いで洗濯を済ませ、一休みしようと横になり、過去を忘れるため静かな音
楽でも聴いて気を紛らわそうとすると、なぜか決まってウォーレンの雑音
の様なギターの練習が始まります。当然ウォーレンの練習が、私の安らぎより重要で
あるため、私はそれに付き合わなければなりません。つい先ほどまで、私の‘目’と
‘鼻’の苦労を他人事としていた‘耳’への天罰でしょうか?
また、夕方ぐらいにその練習をしているというのは、その日の夕食は冷凍食品ではなくて、
‘スパゲティ’だという恐怖のサイレンでもあります。
ウォーレンの得意料理です、これまた自称ですが・・・・・。
まず、水をいれたナベにそのままスパゲティを加え、そのまま火にかけます。沸かし
てからではありません。もちろん塩などいれません。そして、そのままの状態でギター
の練習を始めます。何分茹でるかは決まっていません。マリアがいつ‘お腹が空い
た〜’と叫ぶかによります。それまで1時間でも2時間でも茹で続けます。マリアの空腹が
ピークに達し、それからウォーレンが、お粥状になったスパゲティだかフェットチー
ネだか分からないパスタらしきモノをザルにあけ、そのまま皿に盛り、その上にビン詰めの
トマトソースをドボドボとかけ、テーブルに置き、急いで愛するマリアを呼びに行きます。
そして障害物競走で疲れはてている私にとって第二の試練がやってくるわけです。
そうです、今度の犠牲は私の‘口’です。
ここでの生活は私の五感にとって非常に厳しい状況にあると言えますが、気が全く利
かないウォーレンの影響で、第六感までも汚染されているような気がしてなりません。
しかし、そんなウォーレンでも、マリアに対しては何事も先回りして、全てマリアの
ために完璧にこなしています。
これで分かる通り、この夫婦は完全なカカア殿下です。マリアにNOは決して言えま
せん。それは、恐れているからではなく、心の底から愛しているからだと言えるでしょう・
・・・・惨めなほどに・・・・。ほとんど、食事が終わると、この二人は二階の彼らの部屋に
いるのですが、30分毎ぐらいに必ずウォーレンが一階のキッチンへ行き、コーヒーを入れたり、
アイスクリームを皿に盛ったり、フルーツを切ったりして、二階で待っているマリア
に持っていきます。全てウォーレンがするのです。(ちなみに、その後、後片付け
するのは全て私ですが・・・)しかし、ウォーレンはいつでも楽しそうにマリアの喜
ぶ顔を思い浮かべ、セッセと重い体を動かしマリアに尽くします。
そして、私がそれを微笑ましく見ていると、いつも“結婚は素晴らしい”とニコニコ
微笑み返しながら私に話します。それは決して皮肉でも何でもなく、心から幸せなのだと、
マリアを思い浮かべた彼の‘土砂崩れを起こした表情’が証明しています。
そして、その砂糖と紙一重のアイスクリームに、これまた砂糖タップリの生クリーム
をのせ、私にも分けてくれます。“これはファットフリー(無脂肪)だから太らない、安心
だ”と言いながら、私に食べろと勧めてくれるのですが、突き出した腕と本来なら直角になるはずのお腹のラインが、
事実と反比例している事を象徴すべく、まるでそのグラフのように、大きく婉曲にまがっているのを見ると、
ファットフリーだからとは言え信用できません。しかし、方向性はズレているとは言
え、本当に優しく、気前がよく、仲良くしてくれる、おチャメなウォーレンの
気持ちを私には踏みにじる事は出来ません。来年以降、私に“甘口のカクテルを!”
などというオーダーは禁物です。かなり味覚はおかしくなっている事かと・・・・・心配です。
とても全ては語り尽くせませんが、この二人は、良くも悪くも単純であり、子供がそ
のまま大人になったような人間です。機嫌の差が激しかったり、約束をよく忘れたり、わ
がままだったり、とにかく大変ですが、どうしてもあの二人を憎めません。
ホストファミリーによっては、まるっきり商売として留学生を受け入れ、他人以
下として扱っている家庭が結構あると聞きます。食事が用意されなかったり、英語を磨く
どころか、全く話しすら出来る機会がなかったり、シャワーを3分で出ろと言われたり・・・・。
そう考えると、私は非常にラッキーだったと思います。人懐っこく寄ってきてはニコ
ニコ話掛けてくれたり、わざわざ和食の素材を見つけてきてくれたり、昼食はホーム
ステイ代に入ってないからいいと遠慮すると、そんな水臭い事いうな、と言ってごちそう
してくれたり、何かあれば必ず誘ってくれ一緒に楽しんだり、社会事情に詳しいマリアは
私のそれに関するレポートを何時間も手伝ってくれたり、ジョークと音楽が大好きな
ウォーレンは、暇さえあれば部屋に来て、一緒に音楽聴いたり、冗談をいったりしてくれます。
また、夏にニューオリンズに一緒に旅行した珍道中は一生忘れられないでしょう。そして、
最も印象的だったのが私と会えてよかった、本当に楽しいと先日のサンクスギビングデーで
語ってくれた事です。とにかくファーザー、マザーというより仲のよいフレンドと言えるでしょう。
いろいろ今までもありましたし、残り4ヶ月、これからも頭を悩ませる事をしてくれ
るでしょうが、いつでも私を気にかけてくれる大好きなウォーレンとマリアに心から感謝
したいと思います。
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