第三十三夜 1998年12月14日

< マニュアルの必要性 >

時が経ち体が順応するにつれて、時間が経つのがより早く感じるものですが、この第 三クォーターはあっという間に過ぎ去ったような気がします。内容が第一、第二 クォーターと比べて密度が濃かったため、一つ一つ虱潰しに作業を時間に終われつ つこなしていったからか、気がついたら冬期ヴァケーションに入っていました。

第三クォーターを振り返ってみると、初めてアメリカの大学の授業を体験し、アメリ カの大学生のパワーに圧巻したり、インディペンデントスタディ(自主学習)では、 思っていたよりインストラクターのチェックが厳しく、自由に学習を進められるはず が、思っても見なかったアメリカ人の細かさに驚いたり、何かと忙しく全てがデタラ メの様な気がしていましたが、今振り返ると、思っていたよりも充実していたかもし れません。

そして、このクォーターの半ばで受けたインターンシップの面接は非常に印象深い時 間でした。インターンシップと言っても、オーナーとマネジャーを前にし、さながら 就職試験と変わらない雰囲気でした。しかし、最初は緊張したものの、時間が経つに つれ、日本での就職試験で味わった圧迫感は全く感じませんでした。

ドアを開け、二人が待つ部屋の中に入り、日本でなら直立不動に身構え、コンクリー トで固めたようなお辞儀をし、不自然に椅子に座るところが、いきなり握手で始まり、 世間話をしばらく続け、私が完全にリラックスした頃面接が始まりました。また日本で ならテーブルから2,3メートル離れた椅子で、射撃の的のように身構え、機関銃の 様に飛んでくる質問に答えなければならないですが、アメリカでは多くのケースで、 一つのテーブルを面接官と挟んで座り、終始普通の会話のように面接は進みます。 当然質問に的確に答えていかなければならないのですが、雰囲気は普通の会話と変わ りません。逆に言えば、不自然な会話になる方が印象が悪いそうです。ただ多少 のウソが必要な点は一緒ですが・・・・・。

何とかインターンシップをそこのフレンチレストラン(マキシミリアン、マキシムで はありません。)で許可され、ヴァケーションに入ってすぐにお呼びがかかり、早速 行ってみると、大学の教科書の様な資料の束を渡され、インターンシップが始まるま でに覚えてこいとの事でした。内容は、接客のマニュアルやメニューの解説はもちろ ん、料理の素材の説明、ワインやウイスキーの作り方、そしてワインからブランデー に至るまでの味の表現の仕方のリストまで含まれていました。

幸いにして私は、以前日本で学んだ事がほとんどでしたから、専門用語を使った英語 で表現できるように練習するだけ(といっても大変ですが・・・)で済みますが、普通 の学生だったらと考えるとゾッとします。大雑把に思えるアメリカ人が、商品知識を 事細かに要求するのは意外に思えるかもしれませんが、今までの私の印象では、日本人 以上にアメリカ人は細部にこだわります。

私の先輩方も、そしてある時期私もですが、バーでどの程度のマニュアルが必要かと 言う事が、大きな未解決のテーマだった様な気がします。事細かに決めてしまえば作業 が機械的になってしまったり、また言葉まで棒読みになってしまい、お客様を不愉快に させてしまう可能性があります。更に、特にバーでは予想だにしない事が頻繁に起こ る為、当初私も、先輩が私に言っていた事と違う事をしているのを見て、何度も矛盾に 感じた事がありました。また逆に、マニュアルが曖昧であれば、各スタッフが勝手に好きなよ うに作業を進めていったり、教わっていないからと言って、何もしようとしなかったりといった 問題も出てきます。

あるバーで友人と飲んでいた時、目の前のバーテンダーに水を頼む と“まだカウンターに入る許しを受けておりませんので。”とご丁寧に断られた事 があります。たまたまカウンターを外していた先輩バーテンダーが飛んできて、“申 し訳ございません。”とこれまたご丁寧に謝り、そして佳麗な手さばきで氷をグラスに 入れ、水を一本のスジの様に丁寧に我々の目の前で注いでくれました。

私は、その時全く不自然に感じず当然の様に思い、また“徹底しているな〜”などと 感心してしまったのですが、今考えるとこれほどバカバカしい事はありません。確かに、お 客様に提供する商品の重要性を教えず、何でも積極的だからと許すと、ややもすると カクテルを小学校の理科の実験のように軽い気持ちで、“混ぜっこ”にしてしまう危険性はあ ります。しかし、水です。もちろん私はバーの商品で水を軽んじている訳ではありませ ん。用途や好みによって使い分ける知識も必要でしょうし、チェイサーの水でも熟練 のバーテンダーに入れて頂いた方がおいしく頂けます。しかし、お客様を待たせてま で、特別な技術を必要としない“水を入れる”という作業を拒ませた(曖昧な、又は 細かすぎる)マニュアルには、今になって疑問を感じます。

では、私が手渡されたマキシミリアンのマニュアルはというと、英語と日本語の違い 以外はほとんど変わらないと言えるでしょう。ちなみにこれは非常に細かい例の方です。し かし、私は何度か面接前にお客として遊びに行きましたが、上記の様なギクシャクし たスタッフは全くいませんでした。また、他のレストランを見ても、棒読みで説明をしたり、 お客様との会話が不自然になったりと言った場面に遭遇した事はありません。

シアトルのあるレストランで、魚料理について、そこのウエートレスに聞くと、 ちょっと首を傾け、苦笑いしながら軽く自分でアタマを叩き、“今聞いてきます。”と 明るく答え、そして間もなく、早く我々に伝えたいと言う気持ちが溢れるかの様に、 満身の笑顔で小走りに戻り、嬉しそうに、そして楽しそうに答えてくれました。その時の 私の感じた事を完璧に描写出来ませんが、事実普段以上にチップを弾んでしまいました。 もちろん、この対応はアメリカでも高級店では決して許されません。しかし、日本では 同じ中級レストランでも、心にもなく口先だけで、“勉強させて頂きました。”などと 繰り返すのがマニュアルになっているだけであり、それはフォローとして役立つセルフかも しれませんが、決して失敗をプラスアルファに転じさせるパワーは持たないのではと感じます。

では、そのウエートレスの対応はマニュアルにあったかと言えば、おそらく、いや絶 対にないでしょう。ただ、お客様の質問に対して、知らなかったからといってそこで萎縮し てしまったり、恥ずかしいと感じたり、先輩に叱られると脅えたりするのでなく、ご く自然にお客様と楽しく会話していて、たまたま知らない事が出てきたから聞きに行き、それ が分かったから、早くそれを伝えたいという気持ちが、これもごく自然に表れたにすぎ ないと言えるでしょう。英語と日本語の違いはもちろんある事でしょうが、彼女から“申し訳あ りません”に相当する言葉は全く聞きませんでしたし、そういった会話をツマラナク させる言葉がでる雰囲気ではなかったと思います。

もちろん、彼女のような対応が日本人に全て当てはまるとは思いません。しかし、 もっと日本人らしい対応で、お客様を和ませる事は出来るのではないかとも思います。日本で は、ある程度のバーやレストランに行けば、話しをしていても、どこか形式的で更に緊張を強 いられるような事がしばしばあります。

その原因は、とても私にははっきり分かりませんが、ただ、ほとんどのお客様が気に しない重箱の隅を突つくような所までも完璧さをもとめるがゆえ、わずかなミスを犯 した為にカウンターの下で上の人から蹴りを若いバーテンダーがくらったりなどといった事が頻繁に見られる 事を考えると、そういった事が、何を最優先してどの様なバーテンダーになろうかと言う 方向性を傾かせる原因になっているのかもしれません。

またお客様にとっても、厳格な世界を見て感心する人はいるかもしれませんが、これ からの時代では興ざめするお客様の方が多くなるのではとも感じます。

私自身まだ決してこのマニュアルについて答えが出たわけではありませんが、ただ上 記の様な日本でのバーやレストランでの光景や、自分が学んできた事を思い出しつ つ、アメリカのレストランであの彼女の様なサービスを見せ付けられると、ひとつポンっ と思い浮かぶ事があります。それは子供の頃日本の旅館で受けた衝撃です。

両親に、ハシャイだり騒いだり絶対するなとさんざん脅され部屋に入りました。両親 も落ち着かないようでしたが、私もビクビクしながら部屋にいると明るく優しい笑顔の 女中さんが部屋に来て、お茶を入れてくれました。しかし、破けていた障子に気がつき、“あ らま〜。”と言った習慣、勢いあまってお茶をテーブルに溢してしまいました。すると、私に “近寄っては駄目だ”と注意し、そして、笑顔でちょっと舌を出しながら、“年は取りたくないね〜。ごめ んなさいね〜。”と言いつつテーブルを拭き、私の両親にペコっと頭を下げました。そのオバサンの何 とも言えない愛敬に私の両親は大満足だった事は申すに及びません。またガチガチに 緊張していた私も開放された気持ちに変わる事が出来ました。

同じサービス業でも、お客様が求めている事は若干違うでしょうから、バーや洋食の レストランで、どれほどアメリカのあのウエートレスや、日本のその女中さんの様な サービスを取り入れられるかは分かりませんし、バーテンダーであれば、一般の方では絶 対不可能な技術やプロとしての対応を心掛けるのは必要であるとは思いますが、もしかした ら、それはもうお客様の求めているレベルを超えた領域にまでエスカレートして いるのではないかとも思えます。どの業界でも、世代毎に技術が伝えられ、だんだん 若くして難解な事まで身につける事が可能になっていきます。しかし、どうしても“若い ヤツはまだまだだめだ”と思い込む伝統は拭い切れず、いつしか誰も気にしない重箱の 隅を突つくような細部にまでミスがないように追い求める結果、反対に根本的な部分が見逃され無意識 にアンバランスなサービスが作り上げられているのではないかと感じる時もあります。

今、私は現場を離れています。そして時間もかなり経っています。その為、現実から 離れて空想からでしか考えられません。来年以降これを読み返せばもしかしたら戯言の ように思えるかもしれません。思い立ったが吉日で、すぐに試せれば良いのですが、 残念ながらもう少し心の中でこれらを暖めなければなりません。

来月からインターンシップが始まります。おそらく今の考えがエスカレートする事で しょう。与えられた時間は短いですが、何とかある程度の形にしたいと思います。そ して、それを手土産にまた働き始めれば、完全に身についていない分、うまく以前ま で学んできた事と融合させられるのではと期待してます。そして、それが私の新しい形として お客様に受け入れて頂ければそれ以上の喜びはありません。

 

第三十二夜 1998年12月7日

< 販売機の有無とその必要性 >

アメリカだけでなく、海外へ旅行なさった事がある方でしたらすぐ気がつくと思うま すが、このシアトルにも、当然街中には自動販売機は全くありません。ビルの中には ジュースの販売機はありますが、しかしタバコや酒類の販売機などは全く存在しませ ん。アメリカ人に日本の販売機事情を話すと、100パーセントの割合でかなり驚き ます。街中ここかしこと路上に乱列され、アメリカのようにタバコや酒を買う為にID をいちいち見せる必要もなく、ただ20歳以上という警告を読むだけで、例え守らな くても、機械相手だけに文句も言われないし、まして逮捕もされないという環境はアメ リカでは信じられないようです。

逆を言えば、それが当たり前になっている我々日本人にとって、自動販売機がないと 言う事はそれだけでかなり不便に感じます。また、ダウンタウンなど、周りに店がいく らでもある所でさえ自動販売機がないからといって不便に感じるのですから不思議で す。思えば、日本ではスーパーの前でさえ、自動販売機が並んでいるのは当たり前に なっていますが、ちょっと考えるとかなりおかしな光景です。ちょっと中にはいれば 全く同じ物が同じ値段で買えるのですから。日本人にとって自動販売機は便利さ以上 に何か不思議な魅力があるのかもしれません。

では、なぜアメリカには路上に販売機がないかと言うと、まず治安の問題がすぐ挙げ られます。そのため会社側からすれば、販売機が設置出来ないのは残念な事かもしれません が、一般の人々にとってそれが当たり前であり、決して販売機が密接でない生活を不 便だと思う人は全くいません。日本の販売機事情を話しても、それを驚きはしますが、 羨ましいと思う人は滅多にいません。逆に子供の教育上良くないと言う心配が先に立つ人も多く 見られます。それに、販売機に関して日本人ほど関心がないのではという印象を私は持ちました。

また、タバコや酒類に関しては論外であり、販売機を設置したいなどとある会社が言 おうものなら、真っ先に世間の厳しい批評が下され、“その会社は道徳に反している、” つまり、地域に反映するどころか悪影響であり会社としての社会的役割を果たしてい ないと見なされ、逆に売上げが下がると言う懸念が多くあります。キャメル(タバコ)の ラクダの挿し絵がかわいいが為に、少年少女の喫煙を増加させる原因になっている と、訴えてしまうようなお国柄ですから、どの会社も売上げを向上させる努力と同じぐら い、社会に何かしら貢献しようとしたり、また自社製品が倫理に反していないかと言う事をいろ いろな角度から常に考えてます。また、アメリカでは特に、地域社会への貢献度が生み出す会社の 清潔なイメージが売上げに直接繋がるというケースが多く見られますのでそちらの方 が重要なのでしょう。

日本では、カンコーヒーがかなりの人気ですが、私は日本であれほどお世話になって いたのに、こちらに来てから一度も飲んでいませんし、アメリカでは見た事もありま せん。これは販売機の問題からちょっとずれますが、アメリカではスターバックスを始 め、エスプレッソスタイルのコーヒーショップが、大規模なチェーン展開を成功させ ており、至る所にスターパックスを中心に多く見られます。ここ何年かで、かなり店舗を 増やしてきており、飛ぶ鳥を落とす勢いで各社とも成長しています。そして、多くの人が一 日に何回かそれらのコーヒーを飲むと言う事を日課のように当たり前としており、カン コーヒーの出番は全くないようです。また、日本人のように、店内で座ってコーヒーを飲 んでくつろぐより、テイクアウトして外を歩きながら飲むと言う人がほとんどですの で、回転率も高く、単価はたかだか300円弱ですが、街中でかなり多くの人がスター バックスなどのカップを持って歩いているのを見ると、コーヒー業界の嬉しい悲鳴が聞こ えてきます。

去年までは、私の記憶ではドトールが日本市場をかなりの割合で占めていた様に記憶 しているのですが、スターバックスも多く進出していると聞きます。ただ、上記の様に歩きなが らあの大きなカップを持って飲み歩く習慣が日本で定着してるとは思えないで すし、それで満員電車に乗ったら大ひんしゅくでしょうし、更に、アメリカではそこ かしこと街中に見られるごみ箱も、日本にはそれ程ありませんから、街の汚染を促す要因 になる恐れがあるという、社会的な倫理道徳から言っても、スターバックスはかなり厳しい のではと思いますが・・・・・実際はどうでしょう???当然日本を良く調べて進出した のでしょうから、それらの問題は解決済みなのかもしれませんが・・・。とまぁ、これは 去年まで、ドトールを図書館代わりに使い、タッタ200円で何時間も居座ったりなど、 大変お世話になっていた私の極個人的な意見ですけど。

話しを自動販売機に戻し、去年旅行したフランスでの販売機事情を参考までに取り上 げたいと思います。(といっても4泊6日の強行旅行でしたのであまり良く覚えてい ませんが・・・・。)まず、当然街中だろうが田舎の路上だろうが、販売機など全く見当た りません。特にパリ市内はかなり行政が強く規制している為、建物の高さや色、そしてなんと 一般家庭のベランダに置く花の色まで事細かに決められており、街全体を芸術品に仕立て上げ ようという概念が強烈に浸透しています。その伝統的な実在する幻想社会の中で、ましてや “ルーレットでもう一本!”などとハデに書かれた超現実的な販売機など論外です。

また、パリからロワールに電車で向かう途中、窓越しに外を眺めると、非常に不思議 な矛盾を感じます。山や川そして森といった、日本の田舎風景とあまり変わらないは ずの外観が、全く異質の物に見え、そしてまた、余計な物がないシンプルな文字どお りの自然の美しさに感銘を受けます。田舎で大自然に囲まれて育った私ですら、その 違いに仰天してしまいました。多分それは、地震が少ないという地理的な利点から、 電線が地下を走っているという事も大きな理由でしょうが、それだけでなく、それら 販売機が、その美しい風景を邪魔していないという事も大きな原因の一つではないかと思います。

しかし、それは国が管理している社会主義と、あの手この手で競争の為なら何でもア リである資本主義の違いから仕方ないのかもしれません。ただ、美しい自然を見苦し くしてしまう販売機は、販売促進の為には、“蛇の心臓”であるのか、それとも“蛇 足”であるのか、私には何とも言えませんが、日本にも共通して与えられた環境なの に、あれほどの違いを見せ付けられるとちょっと寂しくなります。

日本人がフランスを旅行して美しいと思うのと同じぐらい、いやそれ以上に、日本を 訪れたフランス人が、逆に日本の大自然の風景を眺めがっかりしてしまったり、日本人は 無神経だと解釈して帰ってしまっているのではないかと危惧の念を抱きます。 “マウントフジは美しいがその途中は最悪だ”と言われても仕方ないかもしれませんが、 何とも歯がゆいものです。日本も地方に出れば外国人も驚くような美しい自然がまだまだ あるというのに非常に残念です。

もっとも販売機だけでなく、“この先100メートル ダイエー手前右折〜ホテル ニューヨーク(仮名)!”といった田畑に差し込まれたカンバンも、空間的な自然破 壊の最たる要因であるとは思いますが・・・・・。

 

第三十一夜 1998年12月1日

< サンキュー! ウォーレン & マリア >

先週私がエッセーを書いていると、ホストファーザーが、よくある事ですが、勝手に 部屋に入ってきて興味深く見つめていました。私がアメリカ生活についてのエッセーを書 いていると答えると、“それじゃ〜自分の事はもう紹介したんだね”っと、勝手に解釈し、 ニヤニヤしながら部屋を出て行きました。私はしばし呆然としてしまいましたが・・・・・・ すっかり忘れてました、これほどネタになる強烈なモノの存在を・・・・・・・。

前もってお断りしておきますが、これから私が述べる事全ては、アメリカ人についてではなく、 ウォーレンそしてマリアという私のホストファミリーについてのみであると言う事をご確認 の上お読み下さい。

まずウォーレン(ホストファーザー)から紹介します。職業はミュージシャンです・・・・・ 自称ですが・・・。住み始めたばかりの頃、毎週水曜日にライブをやっているから見 に来いと誘われ、“さすがシアトルは音楽の街だな〜、噂通りだな〜”と感激し、学 校が終わるとすぐに前日描いてもらった地図を頼りに向かいました。当然私はライブハウスかバーだと 思っていたのですが、いくら探してもそれらしき所は見当たりません。約束の時間は 7時。急いで探さなければと躍起になっていろいろな人に尋ねては分からないと答え られ、ただキョロキョロしつつまごついていました。すると7時を回った頃に、ちょっと 離れた所から錆びれたギターの音が聞こえてきました。しかしその方向は既に探した はず・・・。疑わしくも仕方なく、もう一度確認してみようと思い行ってみると・・・ ・・・・・ナント、そこは本屋でした!?

店内は当然明るく(本屋ですから)、また非常に広くのんびりとした雰囲気です。 まさかと思って中を覗いて見ると、マルマルに太った胴体を無理矢理ベルトで締めて ‘瓜’の様になった体に、ハゲ頭、アンバランスに残したチョビヒゲの下にハーモニカをくわ え、夕暮れ時の平和な本屋の静けさを破壊するが如く、夢中でギターを弾いている明らかに場違いな、たっ た一人のオヤジが見えました。間違いなくウォーレンです。

時間は7時を回っています。当然本屋にはお客さんは一人もおらず、たまに立ち読み をするために来る学生がポツポツと見えたぐらいで、まして錆びれたブルースを聞きに来る人の気配 は全くありませんでした。ウォーレンの前に幾つか椅子が用意されていましたが、お 客は二人しかいません。私とマリア(ホストマザー)です。

マリアは今は警察に勤務しています。かつてNASAの研究所やボーイングに勤めた 事もあり、頭は非常にキレルのですが、もともとお嬢様育ちで、非常に明るく、いつでもハ シャイでおり、苦労と世間を知らないで大人になったような人です。そのライブ(?) でも一人で大騒ぎしており、私がたじろいでいると“アメリカは、シャイじゃだめよ、”と “他人のフリ”をしていた私を励ましてくれたりなど、要らぬところでとても親切です。

このおかしな(?)ファミリーと暮らし始めて8ヶ月が経ちましたが、今だに慣れな い事がいくつかあります。まず、このゴミだらけの家。とにかく掃除をしません。た まに掃除のオバサンを雇って3ヶ月に一回ほど徹底的にキレイにしますが、あの ウォーレンにかかれば半日で元どおりです。まず、ジャムやアイスクリームを持ち出 しては床に垂らしまくり、しかもスプーンごとその場に置きっぱなしにしたりなど で、キッチン中ベタベタです。また、家中ホコリだらけですが二人とも全く気にしま せん。たまに私がシビレを切らせてホコリだけでもと掃除するのですが・・・・・・ その後二人とも全く気がつきません。おそらく目に入っていないのでしょう。

そして、究極がコンクリートの薄暗い地下室で、ナントそこに犬を飼っています。そ してめったに散歩に連れて行かない為に、ストレスで目がゆがんでしまい非常に可哀 相です。一度散歩に連れていってあげようと外へ出そうとすると、非常に嫌がり、す ぐにその暗所に戻ってしまいまいた。また掃除も当然ほとんどしませんので、 そこは犬の汚物だらけになっています。地下だから行かなければいいとお思いになるかも しれませんが、週に2回は嫌でも必ず行かなければならないのです。それは、 その不潔極まりない犬小屋に、本来清潔さの最たる象徴である‘洗濯機’があるからです。

まず、地雷(糞)防止専用靴と防臭兼防汚服そしてマスクをしっかり身に付け、いざ 戦場(実際は不洗浄)へ向かいます。そして、静かにドアを開け、犬を刺激しないよ うにそ〜っと中に入ります。途端に前方から刺激臭が私を襲い、立ち眩みを起こしたと思うと、 後方からストレスだらけの犬が突如飛んできます。一瞬の気の緩みも許されません。 私も可哀相に思い、撫でてあげたいのはヤマヤマなのですが・・・・ 如何せん・・・・汚い。仕方なく手の代わりに足でどかし、前方に地雷がないかどう か確認し、右奥の洗濯機を目指し、犬をフェイントと蹴りで交しつつ慎重に向かいます。そして急 いで洗濯物を入れ、一目散に毒ガス地帯から脱出します。しばし階段に腰掛け呼吸を 整え、何事もなかったかのように一階に上がります。そこもジャム色に染まった家畜小屋ですが、不思議とまともに感じま す。ホッとする一瞬ですが、しかしこれで終わりではありません。30分後にまた舞い戻り、 今度は部屋の左奥の乾燥機に洗濯物を移さなければならないからです。

上記の手順を繰り返し、右奥の洗濯機に向かいます。 そして洗濯物を籠に移し、約7メートル左に見える乾燥機に焦点を絞ります。しか し、この時クサイからと慌ててはいけません。ちょうど部屋の中央辺りに、 幅1メートル50ほどの‘汚物の川’が流れています。その人工(犬工?)の川を、 キレイになった洗濯物を持ちジャンプしなければならないのです。 より容易にする為、よく‘目’で見て位置を確認したいのですが、 現実逃避を懇願するのは、何も私の‘鼻’だけではありません。又、しかもただの幅 跳びではありません。犬の妨害という障害物付きです。蹴りつつジャンプしなければな らないのです。落としたら最悪です。また洗い直せば良いという問題ではありません。 しかも着地点に地雷がない事を確認しなければなりません。失敗は許されません。 最高のジャンプを試みる為、大きく息を吸い呼吸を整えたいのはヤマヤマですが、 それは自殺行為と言えるでしょう。最も緊張する一瞬です。ベロベロに酔って、いつ 邪魔するか分からないお客様の目の前で作るプースカフェ七色目と言った気分でしょ う。いや、それ以上かな・・・・。

やっとの思いで洗濯を済ませ、一休みしようと横になり、過去を忘れるため静かな音 楽でも聴いて気を紛らわそうとすると、なぜか決まってウォーレンの雑音 の様なギターの練習が始まります。当然ウォーレンの練習が、私の安らぎより重要で あるため、私はそれに付き合わなければなりません。つい先ほどまで、私の‘目’と ‘鼻’の苦労を他人事としていた‘耳’への天罰でしょうか? また、夕方ぐらいにその練習をしているというのは、その日の夕食は冷凍食品ではなくて、 ‘スパゲティ’だという恐怖のサイレンでもあります。 ウォーレンの得意料理です、これまた自称ですが・・・・・。

まず、水をいれたナベにそのままスパゲティを加え、そのまま火にかけます。沸かし てからではありません。もちろん塩などいれません。そして、そのままの状態でギター の練習を始めます。何分茹でるかは決まっていません。マリアがいつ‘お腹が空い た〜’と叫ぶかによります。それまで1時間でも2時間でも茹で続けます。マリアの空腹が ピークに達し、それからウォーレンが、お粥状になったスパゲティだかフェットチー ネだか分からないパスタらしきモノをザルにあけ、そのまま皿に盛り、その上にビン詰めの トマトソースをドボドボとかけ、テーブルに置き、急いで愛するマリアを呼びに行きます。 そして障害物競走で疲れはてている私にとって第二の試練がやってくるわけです。 そうです、今度の犠牲は私の‘口’です。

ここでの生活は私の五感にとって非常に厳しい状況にあると言えますが、気が全く利 かないウォーレンの影響で、第六感までも汚染されているような気がしてなりません。 しかし、そんなウォーレンでも、マリアに対しては何事も先回りして、全てマリアの ために完璧にこなしています。

これで分かる通り、この夫婦は完全なカカア殿下です。マリアにNOは決して言えま せん。それは、恐れているからではなく、心の底から愛しているからだと言えるでしょう・ ・・・・惨めなほどに・・・・。ほとんど、食事が終わると、この二人は二階の彼らの部屋に いるのですが、30分毎ぐらいに必ずウォーレンが一階のキッチンへ行き、コーヒーを入れたり、 アイスクリームを皿に盛ったり、フルーツを切ったりして、二階で待っているマリア に持っていきます。全てウォーレンがするのです。(ちなみに、その後、後片付け するのは全て私ですが・・・)しかし、ウォーレンはいつでも楽しそうにマリアの喜 ぶ顔を思い浮かべ、セッセと重い体を動かしマリアに尽くします。

そして、私がそれを微笑ましく見ていると、いつも“結婚は素晴らしい”とニコニコ 微笑み返しながら私に話します。それは決して皮肉でも何でもなく、心から幸せなのだと、 マリアを思い浮かべた彼の‘土砂崩れを起こした表情’が証明しています。

そして、その砂糖と紙一重のアイスクリームに、これまた砂糖タップリの生クリーム をのせ、私にも分けてくれます。“これはファットフリー(無脂肪)だから太らない、安心 だ”と言いながら、私に食べろと勧めてくれるのですが、突き出した腕と本来なら直角になるはずのお腹のラインが、 事実と反比例している事を象徴すべく、まるでそのグラフのように、大きく婉曲にまがっているのを見ると、 ファットフリーだからとは言え信用できません。しかし、方向性はズレているとは言 え、本当に優しく、気前がよく、仲良くしてくれる、おチャメなウォーレンの 気持ちを私には踏みにじる事は出来ません。来年以降、私に“甘口のカクテルを!” などというオーダーは禁物です。かなり味覚はおかしくなっている事かと・・・・・心配です。

とても全ては語り尽くせませんが、この二人は、良くも悪くも単純であり、子供がそ のまま大人になったような人間です。機嫌の差が激しかったり、約束をよく忘れたり、わ がままだったり、とにかく大変ですが、どうしてもあの二人を憎めません。

ホストファミリーによっては、まるっきり商売として留学生を受け入れ、他人以 下として扱っている家庭が結構あると聞きます。食事が用意されなかったり、英語を磨く どころか、全く話しすら出来る機会がなかったり、シャワーを3分で出ろと言われたり・・・・。

そう考えると、私は非常にラッキーだったと思います。人懐っこく寄ってきてはニコ ニコ話掛けてくれたり、わざわざ和食の素材を見つけてきてくれたり、昼食はホーム ステイ代に入ってないからいいと遠慮すると、そんな水臭い事いうな、と言ってごちそう してくれたり、何かあれば必ず誘ってくれ一緒に楽しんだり、社会事情に詳しいマリアは 私のそれに関するレポートを何時間も手伝ってくれたり、ジョークと音楽が大好きな ウォーレンは、暇さえあれば部屋に来て、一緒に音楽聴いたり、冗談をいったりしてくれます。 また、夏にニューオリンズに一緒に旅行した珍道中は一生忘れられないでしょう。そして、 最も印象的だったのが私と会えてよかった、本当に楽しいと先日のサンクスギビングデーで 語ってくれた事です。とにかくファーザー、マザーというより仲のよいフレンドと言えるでしょう。

いろいろ今までもありましたし、残り4ヶ月、これからも頭を悩ませる事をしてくれ るでしょうが、いつでも私を気にかけてくれる大好きなウォーレンとマリアに心から感謝 したいと思います。

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